親似?

 クロナは午前の訓練を終え小隊の副隊長が仕事をしているであろう執務室へ向かっていた。今日も今日とて副隊長、龍騎は隊長である妻が残した書類業務をこなしていることだろう。訓練終了の報告後、そのまま手伝いに誘われることは想像に難くない。俯きかけた視線を上げるとこの場所で見慣れない小さな姿が執務室の扉の前に佇んでいた。  明らかに子供なその姿は遠くから見たとしても見間違えないであろう色を携えていた。  青。それは見慣れた青によく似ている。 「何をしている?」  考え事をしながらかけた声は低く、子供に向けるものではない。謝り声をかけ直そうとするも振り返った少年の顔立ちに言葉が止まる。柔らかな表情こそ似ていないがどことなく面影を感じる。  藤野遥。自身の所属する小隊の隊長、「可憐な怪物」と称される彼女に似ている。その青と、面立ちが。  訓練の疲れで存在しないモノが見えているのかと目を細めるも見間違いではない。 ――不思議と見た目は遥に似て  最近龍騎から聞いた言葉が頭を過る。 「君は……」  言葉を探していると目の前で少年は穏やかに笑い、持っていた籠を少し持ち上げて見せた。 「両親の忘れ物を届けに来たのです。でも、ノックに気が付かないみたいで」  荒々しさなど欠片も感じさせない言葉。  こてん、と首を傾げられクロナは意識をその場へ戻す。少年の隣に並び執務室の扉をノックするが返事はない。この時間は確実に執務室に居るはずだが。  お出かけ中なのでしょうか。不安げな少年の言葉にクロナは部屋の中へ声をかけながら扉を押す。抵抗もなく開いた扉。  副隊長。念のため立場で呼ぶも返る言葉はない。珍しく出掛けているのだろうか。出掛けているのなら少年の持つ「忘れ物」は預かるべきか。  迷うクロナの横を少年が抜けた。 「お父さん」  そしてソファーへそう声をかけた。  正確に言うならば顔の前に書類らしき紙を乗せたまま寝転がる姿へ。  ソファーへ寝転がる男、龍騎は少年の声にみじろぎすると顔の上に乗っていた書類をソファーの下へ捨て、その手を少年の青い髪に乗せた。 「おはよう、琉斗(ると)」 「もう。昨日早く寝ないからそうなるんだよ、ほら起きて。クロナさんも困ってるよ」 「クロナさん……?」  明らかに寝惚けている声と言葉で何度かクロナの名を口に出した彼は不意に勢いよく起き上がりクロナと目が合った。  寝癖が付いた姿よりも何よりも。  明らかに「家族」の空気が流れていたことに気まずくなったクロナは視線を逸らして琉斗と呼ばれた少年を見た。  琉斗は手に持っていた籠を机に乗せた。 「今日のお昼ご飯、僕が作っておくって言ったでしょ。持ってきたから」 「いや、その……それは忘れてた。ありがとう、遥にも渡しとくけど」 「夕ご飯は僕が作っておくから、今日は早く寝てね。クロナさん、両親がご迷惑おかけしてすみません。僕は帰ります」  丁寧に一礼され、会釈を返すと琉斗はクロナの隣を抜けて執務室を出ていった。  ソファーの上で頭を抱えた龍騎がそのまま横向きに倒れた。 「……副隊長、午前の訓練が終わったので一応報告に来たんですが」 「忘れてくれ、全て忘れてくれ……!」  いや無理だろう。口には出さずクロナはとりあえず執務室の扉を後ろ手に閉めた。  訓練では厳しくも優しく、部下の不調には誰よりも早く気付く、尊敬も集める副隊長はどこへ行ったのだろうか。目の前でひとしきり唸った人は再度ゆっくり起き上がるとソファーの下へと捨てた書類を拾いため息を吐いた。 「今のが俺らの息子、琉斗って言うんだ」 「……しっかりした子ですね」  絞り出した褒め言葉に龍騎は視線すら寄せない。  無言が続き、仕方なくクロナが口火を切る。 「俺のことは、副隊長から?」 「俺も遥も家で話してる。一応手伝いでここに来ることもあるからここで見た知識、聞いた知識は外へ話さない契約を結んでる」  あんな子供に契約が意味を成すのか。いや、あの子なら成しそうだ。頭の中で疑問が一瞬で解決する。それほどまでに今見ていた幼い姿は大人だった。 「……あの、副隊長」 「なんだよ」  副隊長の不機嫌を押してでもクロナにはひとつ、どうしても聞きたい疑問が浮かんでいる。 「失礼かもしれませんが」  隊長の遥に似ているからこそ拭えない疑問。 「隊長と息子さん――琉斗くんの精神年齢が不可思議な力で入れ替わってたりしませんか?」  龍騎が書類を整理する音すら止まる。  頭を抱えながら書類作業を進めようとしていた龍騎の視線がクロナへ向けられる。失言だっただろうか。だが聞かずには居られない。それだけ衝撃だから。  ふ、と空気の抜ける音がした。見ると口元を片手で抑えた龍騎が顔を背けている。  副隊長。声をかけても返事はない。返事は出来ない。 「真剣に聞いてるつもりなんですが」 「ふ、あはは! いや、だからこそ面白くってな。遥と琉斗の精神年齢なあ」  彼はソファーの背凭れへ勢いよく体重を預け、手元の書類をひらひらと振る。部下から上げられた稟議書には既に署名が入っているようにクロナには見えた。 「あー、おもしろ。遥は俺が会ったときにはアレだったからそんなことはないよ。琉斗はそんな遥を見てたから大人になってくれたのかもな。……どっちにも似なくて良かった」  昼食を隊長殿にも届けないとな。書類を裏返して机に投げた龍騎は琉斗の持ってきた籠を片手に引っかけた。籠から漂うのは暖かさの感じられる香ばしい匂い。  道を譲ることなく考え事にふけるクロナは目の前に龍騎が来て慌てて扉の前を退いた。  まだ何か気になることがあるのか? 問う龍騎は普段見ている副隊長の姿に相違ない。 「あの息子さんは、」  低い声を向けられても平然と振り返り柔らかく笑った琉斗の姿が脳裏を過り視線を上げる。  心配をかけているのが様子を伺いながら僅かに微笑んで見せる龍騎の姿が重なる。 「龍騎さんにも似ていると思いますよ」  再び部屋の中の音が止まる。  目を逸らしたクロナの視界に机へ積み上げられた書類の束が映る。このままここに居たら手伝わされるのは必定だったことを思い出し、クロナは慌てて再び午前の訓練が終わったことを告げて扉の向こう側へと逃げた。部屋に残された龍騎はクロナの見たであろう書類を振り返り、小さく笑った。 「……はは、手伝わせ損ねたな」  思い出して寝癖を直した龍騎は腹を空かせているであろう上司であり妻へ、息子から届けられた籠を届けるため部屋を後にした。